訃報 浜畑賢吉さん 81歳

私が初めてミュージカルの舞台を観たのは20代のころ

劇団四季の「コーラスラインだった

浜畑賢吉さんが主役と言うか、かなり目立つ役だった

前田美波里さん、市村正親さんも出ていた

最前列で観たので、浜畑さんの汗が飛んでくるような感じ

もうウン十年も前の話で、浜畑賢吉さんもまだ若かった

ミュージカルの舞台に立つには、体力がいりますからね

それで一時ミュージカルにハマって、劇団四季の会に入ったりして、ミュージカルの舞台もいくつか観たけど、結局「コーラスライン」が一番良かったように思います

ストーリーは、舞台に立ちたいダンサーのオーディション(選抜試験)で、まさにいま舞台に立って踊っている人たちにとって切実なテーマ

オーディションでは、誰にも平等にチャンスを与えられるが、そのチャンスをものにするかどうかは、100%本人の才能と努力しだい

まさに自由とチャンスの国アメリカを象徴するようなストーリー

これが日本の芸能界だと、親の七光りとか裏の人間関係とか、あるいは芸能事務所の力関係なんかで選抜されて、暗くウェットな感じになりがち

もちろん本当のアメリカ芸能界が、100%実力主義だけとは思いませんけど

「コーラスライン」は、今でもキャストを入れ替えて、劇団四季の看板ミュージカルとして続いているようです

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警察官を逮捕 特別公務員暴行陵虐致傷

特別公務員暴行陵虐致傷(とくべつこうむいんぼうこうりょうぎゃくちしょう)という、オドロオドロしい罪名

なぜ50歳代という分別ある年代の警察官が、それほど激怒したのか?

暴行されたという女は、どんな態度をとったのか?

「無関係の施設に立ち入った」とあるので、この女は不法侵入の現行犯ではないのか?

「全治約1週間の軽傷」というのは、かすり傷程度なのか、もっと重い怪我なのか?

女が自分で首をひっかいて、被害を偽装したのではないか?

もし女が逃走をはかったのなら、身柄確保のため、多少は手荒な方法をとるのは、警察官に許される範囲内ではないのか?

痴漢でっち上げなんかもそうですけど、世の中には犯罪者のくせに被害者のフリをする悪党なんて、いくらでもいる

などといろいろ想像してしまうフシギな事件

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事情聴取中の女性に暴力を振るい怪我させたとして、警視庁は7/3、50歳代の警察官(代々木署地域課警部補)を特別公務員暴行陵虐致傷容疑で逮捕した。

捜査関係者によると、警察官は6/19、渋谷区内の交番で勤務中、事情を聞いていた20歳代の女の体を床に押さえつけるなどし、女性の首などに全治約1週間の軽傷を負わせた疑い。

女は無関係の施設に立ち入ったとして、施設関係者に連れられ交番を訪れていた。

警視庁は警察官が女の態度に腹を立て、暴行したとみて詳しい経緯を調べている。

コルビュジエ絵画展 大倉集古館

永井荷風の偏奇館があった場所の近くに、大倉集古館という美術館がある

明治大正期に大倉財閥を創業した大倉喜八郎が、そのコレクションを展示するため、自邸の一角につくったもの

大倉集古館は、そのうち観に行こうと思いつつ、まだ行っていない

コルビュジエは上野の西洋美術館を設計した、20世紀を代表する建築家

そのコルビュジエは、建築だけでなく絵画も残しており、その展覧会が大倉集古館で開かれている

実はコルビュジエ、元々は画家を目指していたが、

ピカソに出会ってその才能に圧倒され、建築家に転じた

とも言われている

作曲家の平尾昌晃も、かつて歌手を目指していたが、藤圭子に出会ってその歌唱力に圧倒され、歌手を諦めて作曲家に転じたと言われている

コルビュジエも平尾昌晃も、転じた先の分野で才能を発揮して一流になっているから、もともと大変な天才だった訳で、

天才が「もっとスゴい天才」に出会った

という話だ

凡才が天才に出会って挫折するのは余りにもありふれた話だが、天才が天才に出会うとドラマが生まれる

正直言って、ピカソの絵のどこがスゴいのか、凡才の私にはよく分からない

さらに岡本太郎になると、そこらの子どもの絵との違いが、私には分からない

藤圭子の歌唱力がスゴいのは私にも分かるが、抽象絵画とか現代音楽の世界になると、私にはよく分からない「天才」がいっぱいいる

天才がその進路を変えるほどの影響を受けた「もっとスゴい天才」なんだから、たぶんスゴいんだろうけど、分からないものは分からない

歴史をたどれば、天才が生存中にその才能を世に認められるのは、ごく最近までめったにないことだった

無視されるくらいならまだマシで、周囲から奇人変人として村八分になったり、火あぶりの刑で処刑されたりもしている

現在のような自由主義競争経済では、天才の才能が企業や国家の盛衰を左右するので、社会が必死になって天才を探している

天才にとっては幸せな時代だが、富や名誉が天才に集中しすぎて、凡才にはつらい時代になりつつあるようにも思える

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▲ピカソとコルビュジェ

 

 

 

新聞発行部数の減少率ランキングと「押し紙」

YouTubeに「新聞発行部数の減少率ランキング」という動画があったのでご紹介します

その中で、栄えある減少率ランキング第1位を獲得したのが、あの朝日新聞でした

最近10年間で、743万部から356万部へと52%の減少、つまり半分以下の惨状だそうです

まあ予想通りと言うか、期待を裏切らない朝日新聞の減少率ご健闘には、大いにエールを送りたいと思います

ちなみに減少率第2位は、あの毎日新聞です

いわゆる「従軍慰安婦」など、ありもしないことをマコトしやかに書いた真っ赤なウソ(FAKE、フェイク)記事ばかりで、ことあるごとに日本人や日本政府を誹謗中傷し、中韓を持ち上げているので、世間では、

中国共産党のプロパガンダ紙

人民日報の日本語版

などと呼ばれて、さげすまれておりますが、かつては「クオリティペーパー」などと呼ばれて、東大生が競って入社していた「栄光の時代」もあったそうですよ

もちろん今では東大生など一流大学の学生から就職先として見向きもされず、それどころか現在いる朝日新聞記者のリストラ(首切り)を定期的に行っているそうです

そのせいか記者の日本語文章力レベルはどんどん下がり、たまに朝日新聞の記事をネットなどで目にすると、誤字が多くてとても読めたものではありません

変な日本語も混じっていて、ひょっとして朝日新聞を書いているのは日本人ではない人?と思ったりもします

こんなものにお金を払っている人がまだ実在するのですから、世の中には物好きと言うか、奇特な趣味の人もいたもんだなぁと思います

それでも何だかんだ言っても、まだ356万部も売れているのか!と思いきや、実はその多くがいわゆる「押し紙」(おしがみ)と称するエゲツない押し売り商法の結果で、ちゃんと読者に読まれている朝日新聞は、すでに200万部を割り込んでいるのではないかとも言われています

いずれ100万部を割り込み、廃刊に至るのも時間の問題でしょう

現在、若い人で紙の新聞をとっている人はほぼ皆無ですから、この残存200万部程度という朝日新聞の読者の多くは、かつての「クオリティペーパー」だった朝日新聞の「栄光の時代」の記憶が老化した脳に固着してしまった、後期高齢者(75歳以上、団塊の世代)の方たちなのでしょうか?

だとするならば、人間には寿命というものがありますし、74歳まで朝日新聞を読んでこなかった方たちが75歳になったからといって急に朝日新聞を読み始めるとも思えませんから、これから朝日新聞の読者減少にますます拍車がかかるであろうことは容易に予想されます

朝日新聞に限らず新聞社の経営は、新聞紙の販売収入もさることながら、新聞紙面に載せた広告の収入が大きな割合を占めます

その広告料金は、新聞の発行部数に応じて決まってくるので、その発行部数を計測する専門組織(ABC協会)まであるほどです

それで朝日新聞がウラで何をしているかと言うと、実際に売れる部数よりはるかに多くの部数を印刷し、余った分を朝日新聞販売店(朝日新聞を毎日配達しているお店)に押しつけ販売(押し紙)しているのです

こうやって実際に読者が読む部数よりはるかに多い部数をABC協会に報告し、その分の広告料を広告主に高く請求している訳ですから、これは悪徳サギ商法(犯罪的行為)と言っても過言ではありません

広告主にとっても非常に迷惑な話ですが、もっと迷惑しているのが毎日各家庭に新聞を配達している新聞販売店で、押しつけられた新聞紙(押し紙)の配達先は無く、その置き場にも困り果て、製紙会社にタダ同然で(場合によっては引取料を払って)引き取ってもらっているそうです

紙の原料(木材やパルプ)をこれほど無駄にすることは他になく、朝日新聞の紙面では「天然資源を大切にすべし」などとエラそうに書きながら、やっていることは資源保護とはまったく正反対の押し紙です

朝日新聞から押しつけられた押し紙と言っても、ちゃんとお金を払って仕入れた朝日新聞のタバを、タダ同然で出したのでは丸々新聞販売店の大赤字ですから、苦肉の策として押し紙のタバをヤフーオークションなどで売る新聞販売店も出て来ています

それが下のようなヤフー出品欄で、新聞紙25キロ1000円で売りに出ています

新品」とありますから、まだ誰も読んでいない、印刷してタバにしたままの押し紙

25キロで1000円(キロ40円)なんて、タダ同然ですが、それでも製紙会社に出すよりマシということなのでしょう

入札が1件になってますから、買う人がいるみたいですね

ヤフー出品欄には、どの新聞社の新聞か明記されていませんが、ウワサではほとんどが朝日新聞の押し紙だそうです

トイレシート」と記されてますが、もしかしてトイレットペーパー替わり?

トイレットペーパー以外の紙を水洗トイレに流したら、排水パイプが詰まってトイレが故障します

猫用トイレの下に敷く紙(シート)にして、押し紙の使用後は燃えるゴミとして出すしかないと思いますけどね

とにかく、かつてのクオリティーペーパーだった朝日新聞は、今ではトイレットペーパー以下に落ちぶれ果てています

日本の新聞のくせに日本人を裏切ったのですから、天罰が下った訳で、自業自得だと思います

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江藤淳「妻と私」 一卵性夫婦

 

このごろ週に1回くらい近所の区立図書館へ行って、開架の中をぶらぶらしたり、検索システムに気になるキーワードを入れて書籍探しなどしています

本の貸出も返却も、昔と違って非常にスピーディで、わずか数秒で済みます

この辺の手続きが煩雑だと、面倒になって図書館から足が遠のくので、重要なことだと思います

それで帰ろうとしたら、図書館の出口に小さな本棚があり、

廃棄図書です。ご自由にお持ちください

という表示と共に、数十冊の本や雑誌が置いてありました

図書館のスペースにも限りがありますから、仕方のないことなのでしょう

何気なく見ると

講談社 現代の文学27 江藤淳

という分厚い1冊が目にとまり、もらって帰りました

江藤淳(えとうじゅん、本名:江頭淳夫、えがしらあつお)さんは、日本を代表する文芸評論家で、私が大学生のころ、私の在学していた大学で一般教養の教授をしておられました

私の出身大学(東工大、10/1から東京科学大学)は、理工系大学なので文学部とか無いのですが、一般教養課程の教授陣に人文系の一流学者をそろえていることで有名でした

江藤さんは中学高校時代から成績抜群でしたが、数学だけは大の苦手だったそうで、そんな江藤さんが一般教養とはいえ理工系大学の教授になったというのも不思議なご縁です

勝海舟「氷川清話」や福沢諭吉「福翁自伝」をテーマにした江頭教授の授業をいくつか選択したおかげで、いまでも私の幕末維新史への興味の原点になっています

ですから私にとって、江藤淳という著者名は非常になつかしく、学生時代の気分に引き戻してくれます

江藤さん自身、皇后陛下雅子さまの親戚にあたり(雅子さまの母が江藤さんのいとこ)、親戚筋に明治以降の近現代史で活躍された方も多いことが、江藤さんの幕末維新史研究の原点になっているのではないかと思います

この親戚筋の中に、水俣病公害企業チッソの元社長・江頭豊(えがしらゆたか)氏が含まれていて、それが雅子さまご成婚の大きな障害になったことは有名な話

それでも現陛下(当時の皇太子殿下)が「雅子さんでなければ!」と強くご希望になり、その困難を乗り越えられたと私は理解しています

もらってきた上記の本の目次をながめると、代表作の一つである「夏目漱石」などいくつかの論文が並んでいて、その冒頭に

成熟と喪失 ”母”の崩壊

という130ページくらいの作品があり、早速目を通しました

母子密着の日本型文化の中では

「母」の崩壊なしに「成熟」はありえない

という主張で、男性原理社会アメリカとの対比において、いくつかの戦後小説など取り上げながら、日本の近代化(西欧化)における微妙な心理的ズレを扱っています

この作品を読んだあと、江藤淳さんが今から四半世紀ほど前に自裁なさったことを思いだしました

「一卵性夫婦」と自称するほど仲の良かった最愛の奥さまにガンで先立たれ、その少し後(8か月後)の自裁で、当時は大ニュースになったのを覚えています

今も続くNHK「クローズアップ現代」でも追悼番組が組まれ、私はそのビデオを録画保管しています

奥さまの体調に変化が生じてから亡くなられるまでの1年余りの闘病記は

江藤淳「妻と私」

として出版され、20万部を超えるベストセラーになったそうです

今回これも読み直してみて、江藤淳さんの人となりが再認識できたような気持ちです

一般に男女の平均寿命の差や結婚時の年齢差があって、夫が先立つケースが圧倒的に多い訳ですが、妻に先立たれた夫が比較的短期間で後を追うのは世間によく見るところです

とくに上記の闘病記を読むと、このご夫婦が

世間でもまれに見る、相互依存の非常に強いご夫婦

だったことが分かります

奥さまとは大学(慶應義塾大学文学部)在学中に知り合い、卒業と同時にご結婚

以来41年間の夫婦生活でした

奥さまも文学ではかなりの才能の持ち主だったのですが、夫の圧倒的な才能に気付き、自分の生涯は夫の才能を最大限に発揮させるために使おう!と強く決心

夫が執筆など文学活動に専念できる完璧な環境を整え、それ以外のすべての用件や雑用は奥さまが処理し続けました

これが結果的に、奥さまに先立たれた後の江藤さんを追い詰めたことは、想像に難くありません

いま私の手元には「江藤淳全集」(全14巻)があるのですが、これに所収の大量の著作は、「一卵性夫婦」の共同作品と言えそうです

今では日本の夫婦の2組に1組は不倫問題をかかえ、それが原因かどうかはともかく、3組に1組はやがて離婚に至るそうですが、その一方でこんな「一卵性夫婦」もいたんだなぁという印象です

江藤さんは体が弱く病気がちだったのに対して、奥さまは長い夫婦生活で病気一つしたことの無い健康体でした

ですから奥さまに先立たれるという事態は、江藤さんにとって青天の霹靂、まったく想定外の大事件だったことと思います

奥さまの闘病中から江藤さん自身の体調も崩れ、葬儀が終わるのを待つように緊急入院

脳梗塞も発病して心身の不自由が残り、退院して鎌倉のご自宅に戻った江藤さんにとって、一人だけの時間は地獄だったようです(お子さんはいなかった)

自裁を決行した日、外は暴風雨の嵐で、気候天候が自殺と強い相関を持つことを裏付けるような結果でした

自裁決行の直前に書き残した文章は、以下の通り

心身の不自由は進み、病苦は耐え難し。

去る6月10日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず。

自ら処決して形骸を断ずる所以なり。

乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。

けいがい【形骸】ぬけがら、むくろ、内容の無い外形だけのもの

・・・・・・・

図書館の廃棄本の棚で偶然に見つけた1冊の本

江藤さんから私への「読み直してごらん」というお誘いだったと受け止めています

(T_T)

 

 

 

東京タワーがグッチ色

高級ブランドの「グッチ」が日本上陸60周年だそうです

60年前の1964年というと、日本の高度経済成長が軌道に乗って、日本人の生活水準が飛躍的に上昇し始めたころで、東京オリンピックが開催されました

そんなジャパンマネーを狙って、抜け目なく上陸して来たんでしょうね

日本はその後バブル崩壊しましたが、すでに豊かな最先進国になっていたので、低成長にはなったけれども高い生活水準と民度を維持し続けてきました

いまお隣の中国では、派手にバブルが破裂しています

日本と違って先進国になる前のバブル崩壊ですから、多くの中国人の生活水準はかなり悲惨な状況になりそうですし、もうすでになっているとも言えます

鄧小平が敷いた経済成長路線を、江沢民と胡錦濤は維持しましたが、習近平が徹底的に破壊した感じです

鄧小平(1978年12月22日 – 1989年11月9日)

江沢民(1989年11月9日 – 2002年11月15日)

胡錦濤(2002年11月15日 – 2012年11月15日)

習近平(2012年11月15日 – 現在)

中国人民にしたらアホな大将、敵より怖いでしょうけど、日本など周辺国にとっては、不気味な共産独裁国家のバブル崩壊は歓迎すべきことかもしれません

あとは、アホな大将が人民の不満のガス抜きとして戦争を始めた場合に対する備えを怠らないことです

平和とは、戦争(侵略)に対する備えをした国民だけが享受できる特権です

少しでも油断すれば、ウクライナのようになります

(^_^;)

詳細はここをクリック

品川駅前にトヨタ本社

▲建設中のトヨタ東京本社(完成予定2029年)

朝散歩で品川駅周辺をよく歩くのですが、広大な敷地(上図の緑色エリア)で大規模な工事が続いています

工事現場を右に見ながら石榴坂(ざくろざか)を上り、高プリの角を左に曲がると、御殿山の高級住宅街になり、なかなか良いお散歩コースです

この工事現場にあった京急のホテル品川グース(旧ホテル・パシフィック)がすでに解体撤去されて、この跡地にトヨタ本社が移転して来るそうです

この場所は、背後の高輪プリンスホテルも含めて、薩摩藩の江戸藩邸(高輪屋敷)があったところです

今から156年前の幕末、慶応 3年( 1868年)には、薩摩藩の江戸藩邸(三田屋敷)襲撃事件があり、この周辺でも「品川戦争」と呼ばれるようなドンパチがありました

▲薩摩藩の江戸藩邸(三田屋敷)襲撃事件

このとき襲撃した幕府軍の主力は庄内藩(現在の山形県鶴岡市)の武士たちで、襲撃された薩摩藩の武士たち(多くは臨時雇いの浪人たち)の一部は三田から品川方面へ逃げ、品川沖(現在の品川駅は、当時海岸だった)に停泊していた薩摩藩の軍艦に乗って関西方面へ向かいました

このあとの戊辰戦争でも薩摩藩と庄内藩は激しく戦ったのですが、賊軍として負けて降伏した庄内藩士を西郷隆盛が丁重に扱ったので庄内藩では西郷に深く感謝し、10年後の西南戦争では多くの旧庄内藩士が西郷軍に応援参加しています

鹿児島には西郷隆盛のお墓がありますが、その周囲には西南戦争で亡くなった旧薩摩藩士などと共に旧庄内藩士のお墓がたくさんあります

鹿児島県と山形県の不思議なつながりです

(^_^;)

詳細(トヨタ発表) 詳細(京急発表)

▲ホテル品川グース(旧ホテル・パシフィック)

▲上から見た工事現場の現状

手前のオレンジ屋根のレストランは

もう営業してないけど、建物はまだ残っていて

工事現場の事務所として使っているみたい

高嶋ちさ子の父 ワープロ専用機を愛用

バイオリニスト高嶋ちさ子さんの実父・高嶋弘之さん(89)は、音楽ディレクター・プロデューサーとして活躍し、かつて1966年にビートルズを初めて日本に呼んだ人

高嶋ちさ子さんはインスタグラムで

「父はいまだにワープロ(専用機)を使ってるという事がわかり驚く私」

「携帯は早いうちからスマホで、LINEもスタンプバンバン使ってるし、iPadで検索とかもしてるから、当然パソコンかと思いきや…」

「なので、原稿は全部他の人が打ち直さなきゃいけないと言う…」

「そりゃ大変だ。ま、お父さんが喋ることを打つ方が大変だけどね」

「という事で、苦労の作品買ってやってください」

と、昨年11月に高嶋弘之さんが出版した著書『笑う老人生活』(幻冬舎)を宣伝した

高嶋弘之さんはワープロの愛機について

「これならしゃべるように書けるんだよ」

と豪語しているが、記録媒体がフロッピーだそうだ

30年くらい前までは「日本語ワープロ専用機」というものが全盛期で、PCのワープロソフトにするか専用機にするか迷った人も多かった

PCを使いこなすにはPCの基本ソフト(当時だとMS-DOSかな?)についての知識が必要なので、それが無くても済む専用機は人気商品だった

価格は同じくらいだから、「いろいろやりたい人」はPCにしたが、専用機は文書作成だけに徹した便利機能もあって、使い慣れると「しゃべるように書ける」ようになって、高嶋弘之さんのように手放せなくなる

現在のPCで使われている普通のキーボードは、英文タイプライター(ABC・・・)が元になっているから、日本語(あいうえお・・・)の入力には余り適しておらず、その辺を日本語入力向きに改良してある訳だ

最も売れていた専用機の富士通「OASYS」には、日本語入力に特化した特殊なキーボード(親指シフト)もあって、これが非常に使い勝手が良いので熱烈なファンが多かった

現在のPCワープロソフトでも使える親指シフトのキーボードは、探せば今でも手に入るはず

 

▲富士通「OASYS」の特殊なキーボード「親指シフト

 

高嶋弘之さんはカシオの製品をお使いのようだが、他社製専用機やPCワープロとの文書互換性が乏しく(まったく読み込めなかったり、文書フォーマットが崩れたりする)、その辺が専用機の弱点だった

一つの会社内で複数メーカーの専用機が混在すると、経理部で作った文書が営業部で使えなかったりとか、いろいろ不都合が生じた

その後インターネットが普及すると、ネット接続に難のある専用機は廃れたが、とことん使いこなして専用機を「愛機」と呼んでいるような人は、高嶋弘之さんのように今でも愛用している

今となっては修理することも出来ず、代替機を手に入れることも難しいので、たぶん壊れると大変!

みなさん相当なご高齢でいらっしゃるので、ワープロが壊れるか人間が先に壊れるかの時間勝負かもしれない

上の高嶋ちさ子さんのインスタで「原稿は全部他の人が打ち直さなきゃ」というのは、ちょっと信じがたい

今は文書ファイルの互換技術が進んでいるし、最悪でもプリンターから印刷して文字認識すればいいだけだから、本当に手で再入力しているのなら、デジタル化に相当遅れた出版社かもしれない

PCやネットに非常にウトい「超文系人間」が、出版業界には棲息しているのかな?

(^_^;)